錆びついたレール、草に覆われたホーム、忘れ去られた駅名標。そんな風景に、もう一度命を吹き込む取り組みがある。アートディレクター・栗原政史が手がける「レールの上のアートプロジェクト」は、地方に眠る廃線跡を舞台にした再生の試みだ。
忘れ去られた“線路”を人の記憶とつなぎ直す
栗原政史が初めてこの企画を思いついたのは、子どもの頃に祖父と通った小さな無人駅が廃止されたというニュースを見たときだった。あの風景が、もう見られないことにショックを受け、「何かできることはないか」と動き始めたという。
彼はまず地元の自治体に企画を持ち込み、使用許可を取り、地元住民やアーティストと協力して“廃線上にアートを展示する”イベントを開催した。
列車はもう来ないが、線路の上を歩くことはできる。その線路に沿ってインスタレーションや光の演出、子どもたちの描いた絵を並べたことで、かつての風景が違うかたちで蘇った。
地域の“思い出”を引き出す仕掛けとしてのアート
栗原政史の活動は、単なるアートイベントではない。大切にしているのは、地域の人たちの「記憶」に触れること。
展示の一角には、廃駅にまつわるエピソードを綴った手紙や、昔の駅の写真、定期券なども展示されている。
「ただ作品を見てもらうのではなく、“この場所を覚えていてくれた人”の記憶を共有したい」と栗原は語る。イベント期間中には、何十年ぶりにその場所を訪れたという年配客もいたという。
アートがきっかけとなり、人と場所の記憶を再接続する──それが彼の目指す本質だ。
アーティストとの“対話”が生む再生の力
このプロジェクトには、全国から若手アーティストも参加する。テーマは「移動」と「記憶」。映像作品や音声、布を使った立体作品など、多様な表現が持ち込まれた。
栗原政史は、単に空間を貸すだけではなく、アーティストとの綿密な対話を通じて展示の方向性を一緒に考える。「場に寄り添う作品づくり」が、プロジェクトの柱でもある。
線路の間に吊るされた無数の小さな風鈴が、風に揺れて音を奏でる──そんな詩的なインスタレーションが話題となり、SNSでも多く拡散された。
「なくなったもの」とどう向き合うか
栗原政史がこの活動で問いたいのは、「なくなったもの」と私たちはどう向き合うのか、ということだ。
便利さや効率を求める中で、いつの間にか失われていく風景や記憶。だが、それらは“本当にいらないもの”だったのか。
彼はこう語る。「すべてを取り戻すことはできない。でも、失われたものに“別の意味”を与えることはできる。それが、次の世代への贈り物になるかもしれない」